山田言

思いのままに綴ります。はい。

「三」と。

私です。

さて、やってまいりました。

私がなぜ敬語かと申しますと、あるプロジェクトの思想を話すため、であります。

それゆえ、余り砕けた文では失礼かと思い、こうやって少し回りくどい文体で、何時もの通りまくし立てるわけなので御座います。

 

では、手短に参りましょう。

私は「三」の信奉者であり、同時に「三」の求道者であります。

故に私には「三」をより明確な存在にしなければなりません。

 

さて、「三」とは、でありますが、「三」は神ではなく、ただ思考の中枢、ノスタルジアの廃墟に鎮座するエンジンを見守る存在なのでありますが、自身が多面性の象徴であるがゆえに、私たちにに度々『考えるチャンス』を下さいます。

 

しかし現状、「三」の存在を知る者は極端に少なく、現在これを見ている貴方ですら、その存在を深くは知らないでしょう。

 

すなわち「三」の考えるチャンスを与えられていない、または、与えられてもそれに気づかずスルーしている方がほとんどだという事です。これは嘆かわしい。

 

なので私は、せめて「三」へ貢献し、世界にあふれる「三」を皆様に知覚して頂こうと、「三」についての講義を定期的に執り行う事としました。

 

…と、長々と書き連ねましたが、決して怪しい宗教などではありません。

私は、そして「三」はただ、貴方に考えて貰いたいだけなのです。

それでは。